第 30 回放送  :  2011 年 11 月 1 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

学生による被災地支援の市民メディアプロジェクト

報告 : 田村 純也


   武蔵大学では、「 学生による被災地支援のための市民メディアプロジェクト 」を立ち上げました。

   毎月 1 回、学生が被災地を訪れ、災害ボランティア活動に参加するとともに、現地で被災者に必要な情報を伝える臨時災害放送局やミニコミ、復興に取り組む NPO / NGO 等を取材し、そのメッセージを記事や映像にまとめて様々なメディアを通して多くの人に伝えて行くことで、長期的な被災地支援につながる活動をしています。

   地震から約 2 カ月が経過した 5 月 28 日、私たちは宮城県の石巻市と南三陸町を訪れ、臨時災害放送局の 「 いしのまきさいがいエフエム 」 と 「 みなみさんりくさいがいエフエム 」 を取材し、被災地での復興に向けたメディアの取り組みについて取材しました。

   石巻市のコミュニティ FM 局だったラジオ石巻は、震災後、「 いしのまきさいがいエフエム 」 となり、地域の人達に復興関連情報を伝えていました。

   また、石巻市以上に復旧の目処が立たない状況下にある南三陸町では、新たに市民が担い手となる臨時災害放送局が立ち上がったばかりでした。

   私たちがこうした被災地で出会った人達のメッセージを、大学を核に継続して伝えていくことで、より多くの人たちに被災地の状況について関心を持ち続けていただけたらと思います。

   そして私たちは今後とも学生だからこそ出来る情報発信に取り組んでいきたいと考えています。

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第 29 回放送  :  2011 年 10 月 25 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

東日本応援ライブ in MITAKA

取材 : コドモノカイシャ , ヨコヤマテツヤ


イベントと番組制作

   企画 : Little Voice of FUKUSHIMA, コドモノカイシャ、ヨコヤマテツヤ
   取材・撮影・編集 : コドモノカイシャ、ヨコヤマテツヤ
   音楽 : Little Voice of FUKUSHIMA、森本ケンタ
   協力 : 株式会社まちづくり三鷹、東日本応援ショップ ( 東京都三鷹市 )

番組制作について

   東日本大震災が起き、原発事故を連想させることになった福島という地の本来の姿と、福島の人々の声を伝えるため、Little Voice of FUKUSHIMA を立ち上げた宇津本氏の想いに賛同した方々の協力により番組制作される。

   今回の Little Voice of FUKUSHIMA 初ライブイベントには、東日本大震災の被災した子どもたちへの継続的な支援のために「 足ながおにいちゃんプロジェクト 」を立ち上げた森本ケンタ氏をゲストに迎えた。

   今回、コドモノカイシャの協力により番組制作に参加した 4 人の子供達が、自分たちで考えインタビューとナレーションを行い、撮影の一部を担当した。

Little Voice of FUKUSHIMA

  福島の子供たちの言葉 住む人々の想い、美しい自然と個性的な風物を福島出身のボーカリストの歌声で世界に届ける音楽ユニット。

  ・山辺秀美 ボーカル担当 福島県郡山市出身
  ・田村直希 ギター、編曲担当
  ・宇津本直紀 パーカッション、作曲、プロデュース担当

森本ケンタさんと「 足ながおにいちゃんプロジェクト 」

   東日本大震災により親を失った子どもたちを支援する「 足ながおにいちゃんプロジェクト 」は、発起人であるシンガーソングライターの森本ケンタ自身が 小学3年生のときに阪神・淡路大震災を経験しており、震災経験者だからこそできることをサポートしていきたいとの想いから、長期にわたり活動を続ける べく支援を呼びかけている。

   国などからの補助金・助成金は受けず、すべて寄付金で運営し、チャリティーライブを開催しながら、瞬間的なものではなく長い期間で、物質的、精神的に子どもたちを支えていく。

  http://www.morimotokenta.com/ashinaga/

  私の妻は、福島県の出身です。
  そして私の二人の子供には、半分、福島県の血が流れています。

   毎年、夏休みと正月、私は必ず妻と子供たちと共に、福島県の実家を訪れます。 福島は、妻と子供達にとっては故郷であり、私にとっては第二の故郷です。 福島は、豊かな地域です。緑にあふれ、日本有数の農産物の生産地帯であり、純朴で情に厚い人たちが家族や近所の人たちとの関係を大切にしながら、手をとりあうように暮しています。

   2011 年 3 月 11 日以降、福島は、原発事故の地として、"FUKUSHIMA" とアルファベットでつづられ、世界中にその名を知られることととなりました。

   世界中のありとあらゆるメディアが "FUKUSHIMA" を大々的に取り上げました。 しかし、そこに、福島に住む人たちの声がどれだけ反映されているのでしょうか?世界中に発信された映像に、原発だけではない、緑あふれる福島本来の姿がどれだけ映し出されているのでしょうか?

   「 汚染された地 」「 悲劇の地 」として語られることになってしまった福島の日常の人々の生活を、本来の美しい姿を、音楽を通じて知ってもらうきっかけをつくれないだろうか。そんな想いから、音楽ユニット " Little Voice of FUKUSHIMA " の立ち上げを決意しました。

   このユニットでは、福島の子供達がつづった詩や作文、福島県郡山出身のボーカリスト・山辺秀美自身の体験や想い、いまもそこに住む人々の声、そして福島の美しい自然や個性的な風物などを題材に作詞し、私が作曲・プロデュースして楽曲をつくり、CD を発売、また iTunes Store などを通じて全世界に配信します。

* このユニットの楽曲を収録した CD の純利益のすべては、被災した福島県各自治体の教育委員会に寄付いたします。

Little Voice of FUKUSHIMA  企画者・宇津本 直紀

番組ナビゲーター プロフィール

第 28 回放送  :  2011 年 10 月 18 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

思い出写真を遺すには

報告 : 英 真 ( 「 思い出遺し隊 」 )


第 27 回放送  :  2011 年 10 月 11 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

震災地から発信する聴覚障害者へのサービス

取材協力 : 株式会社プラスヴォイス


第 26 回放送  :  2011 年 10 月 4 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

ボランティア派遣が続く石巻

報告 : 合田 茂広  ( ピースボート災害ボランティアセンター )


   「 1 人のプロよりも、きちっと組織された 100 人のボランティアの力を! 」が、ピースボート流の国際協力、災害救援の考え方です。

   東日本大震災の最大の被災地のひとつとなった宮城県石巻市では、約 20 万人のボランティアが活動、一つひとつ人の手で復興を目指してきました。ピースボートのボランティアにも、学生やアルバイトの若者が、企業 CSR 活動を通じた社員の皆さんが、そして世界 49 ヶ国からのボランティアが集ってくれました。

   今後は、石巻市をはじめ、国内外での支援活動を続けながら、災害ボランティアリーダーを育て、全国での人材ネットワークを構築する取り組みを始めます。犠牲になってしまった多くの尊い命に応えるためにも、今回の震災から学び、次の震災での被害を最小限にする努力を続けていきたいと思います。

番組ナビゲーター プロフィール

第 25 回放送  :  2011 年 9 月 27 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

Recording Report 反原発 REMIX ECD


溶けたらしいぞ 漏れてたらしいぞ
溶けたらしいぞ 漏れてたらしいぞ
2011 反原発 REMIX
いったい今日で 何日目 何日目 何日目
あっちもこっちも
にっちもさっちも
あっちもこっちも
にっちもさっちも
あっちもこっちも ヤバイ震災の
噂でもちきりの界隈を
にっちもさっちも もーどーにも
こーにも行き詰まりのクソ親父の
ラップでロックする エブリバディセイ
NO 放射能 もういらないよ
NO MORE 原子力発電所
溶けて漏れ出した

あっちもこっちも
にっちもさっちも
あっちもこっちも
にっちもさっちも
サンイチイチ以後たどる崩壊の
何が真相? どこにこの怒りの
向ける矛先の果ては自分にも
何を頼りのだけどコンチクショー
ビート このテンポ まーだ止めないぞ
NO 放射能 もういらないよ
NO MORE 原子力発電所
溶けて漏れだした

あっちもこっちも
にっちもさっちも
あっちもこっちも
にっちもさっちも
シーベルト調べると
水も 野菜も 空気も 心配の
種は尽きない 子供実験台
にーするつもりか ここはガス室か
気ー狂いそうだから何度でも
NO 放射能 もういらないよ
NO MORE 原子力発電所
溶けて漏れだした

あっちもこっちも
にっちもさっちも
あっちもこっちも
にっちもさっちも
日曜日も 月曜日も
火曜日も 水曜日も
木曜日も 金曜日も
土曜日も 溶けて漏れ出した
雨の日も 風の日も
溶けて漏れ出した 溶けて漏れ出した

プロフィール

第 24 回放送  :  2011 年 9 月 20 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

NY からの支援・つるプロジェクト

報告 : 片桐 美樹


プロジェクト参加者 :
Mayumi Yuri Makiko Fumiha Aya Miwa Yuko Sayaka Makki & Miki

コーディネーター : 照木篤子
撮影協力 : 酒井理季

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第 23 回放送  :  2011 年 9 月 13 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

南相馬市からの報告・孫は戻さない

報告 : 川又 啓蔵  ( 南相馬在住レポーター )


  福島県南相馬市原町区大甕 ( おおみか ) 地区。ここは、福島第一原発から 20km 地点、立ち入りが厳しく制限される 「 警戒区域 」 と 「 緊急時避難準備区域 」 の境界です。この地区のおよそ 8 割の世帯は警戒区域にあり、集落が分断され、隣の家にも行けないという状態です。また、その境界の線引きは、原則として一律に原発からの距離で設定されるため、この大甕地区には、集落内の隣家との境目どころか、自宅の敷地内にこの境界線を引かれ、分断される事態が起こっています。

  取材に応じていただいたお宅もその一軒です。自宅敷地内にある家庭菜園が、20km 圏内となり、分断されています。

  取材に応じていただいた女性は、震災前まで、旦那さんと息子夫婦、そして孫の 7 人で生活していました。しかし現在は、この女性と旦那さん、そして息子さんの奥さんの計 3 人になりました。震災後、息子は仕事の都合で北陸地方に単身赴任、孫 2 人は原発事故の影響を心配して、北に約 70km 離れた仙台市に転居させたといいます。原発事故の発生までは、家庭菜園で採れた野菜を使った料理が並ぶ食卓を、家族 7 人で囲む日常がありました。

  今月中 ( 2011 年 9 月 ) にも 「 緊急時避難準備区域 」 指定の解除が確実な状況になっていますが、この指定が解除されても、このお宅では孫 2 人を自宅へ戻す考えは無いということです。 「 指定の解除 」=「 安心 」 ではないという考えを強く持っているからです。「 指定の解除 」 は、またあの 「 日常 」 が戻ってくることには必ずしもつながらないようです。この指定が解除されると、このお宅をはじめ、南相馬市の広い範囲で、「 警戒区域 」 と背中合わせで 「 普通の生活 」 を送ることになります。

  また、この地域は、警戒区域との境界線に沿うようなかたちで、ビニールハウスでの春菊栽培が行われていました。しかし、それも、原発事故以降行われなくなりました。そうしたハウスの中を覗くと、野生化した春菊が生茂って、林のような状態になっていました。この地域の春菊栽培は、ここ数年、高齢化などにより生産者数や、出荷販売額の減少が顕著になっています。ある生産者は 「 原発事故による規制が解除されても、もう一度生産を始める人は相当少ないのでは 」 と話していました。

  原発事故から半年が過ぎました。引き裂かれた地域、家族、農業。規制の解除は本格的に進もうとしている中で、そうした引き裂かれた 「 絆 」 を戻すことは、非常に困難なようです。

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第 22 回放送  :  2011 年 9 月 6 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

被災地支援に生かせ!ものづくりの技 ~東京・大田区~

撮影・編集 : 大田ケーブルネットワーク  ( http://www.cno.co.jp/ )


   大田区では、市民主体の震災支援ボランティアセンターが中心になって震災支援を進め、現地に多くのボランティアを送っています。

   実際に現地で泥かきボランティアをした区民の声をうけ、作業人員の半減も可能となる画期的なアイデアが出ました。それは、汚泥処理の際、泥を入れる袋を人力でささえるのではなく、土嚢スタンドを使うというものです。

   そして、できたスタンドが「大田の輪」。
   大田区は町工場とものづくりの本場。ものづくりの達人が完成させ、被災地で使われるようになりました。

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第 21 回放送  :  2011 年 8 月 23 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

五十嵐正史とソウルブラザーズ「 解放の歌 」

詞 五十嵐正史 原曲 ボブ・マーリー


昔この国の民は 自由を奪われ
命は虫けらみたいに 捨てられていた
暗い時代の果てに 誓いを立てた
あらゆる命が自由に 平和に生きる権利
そして俺達は生まれた
自由のために 殺さないために
解放の歌を

今原子力の 明るさの中で
俺達に潜む闇を もうごまかせやしない
丈夫に出来たこの腕が 俺達の誇りさ
誰もがその手で現実を 切り開けるはず
その時歌ってほしい
自由のために 殺さないために
解放の歌を

昔この国の民は 自由を奪われ
命は虫けらみたいに 捨てられていた
俺達はもう二度と 見過ごしちゃいけない
命が原子力で 殺される世界
今こそ歌ってほしい
自由のために 殺さないために
解放の歌を

   3 月 11 日以降の世界を生きて行くぼくらには、特に大人には逃げては行けない責任、やるべきことがあると思っています。

   それはもう二度と誰かを、どこかを踏みつけにして、自らの余裕を失くした、常に何かに追われるように欲しがり、求め続ける生活の維持に奔走することを金輪際止めることです。

   それが、天災が引き金となった取り返しのつかない人災(原発事故、避けられたはずの被災者たちの被爆、末端作業員の過酷な労働と被爆、政府、官僚、電力会社の保身と隠蔽)を防ぐための、一人一人が今すぐ取り組める唯一の方法だと思っています。そして、それは被災者のみなさんの辛苦を少しでも減らす行動でもあるはずです。

   2003 年頃からこの「解放の歌」を歌って来ましたが、私自身、原発について福島原発事故を通して初めて知った事があまりに多く、そのことに恥ずかしさを感じ、改めてその非人道的な装置の在り方に愕然とし、結局原発を享受して来てしまった自分の生活の在り方を見つめ直す日々です。

   騙されることで、黙っていることで何かを見殺しにしないために、自分自身と、そんな原発同様のこの国のあらゆる仕組みを見つめ続けて、これからも力に依らない自分達の音楽(ロック)を鳴らし続けて行きたいと思っています。少しでもこの世界が、小さな一つ一つのやわらかい多様な灯りで、未来を語りつつ、良くなって行くように祈りを込めて・・・

五十嵐 正史

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