第 37 回放送  :  2011 年 12 月 20 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

南相馬から避難した発達障害の子どもたち

報告 : 谷地ミヨ子  ( S・空間 ( エス・スペース ) )


  宮城県名取市、福島第一原発から約 40 キロ離れたこの場所に発達障害の子どもたちを支援する施設、「 S・空間 ( エス・スペース ) 」 があります。

  発達障害とは、自閉症、アスペルガー障害、注意欠陥多動性障害などがあり、特に団体行動や集団生活への適応がうまく行かないのが特徴です。
  ( * 知的障害を含まない児童が多数いるのも特徴です )

   東日本大震災の時、一見普通の子どものように見える児童が、急に大声を上げ騒いだり、突拍子も無い事をやったりするなどの症状を起こし、体育館などでの避難生活を送る人たちを驚かせることがありました。
「 親の躾がなっていない 」などと、発達障害の症状を理解していない周囲の人たちから偏見の目にさらされた児童もいたそうです。

  そんな発達障害の子どもたちの成長を支援しているのが、今回の映像で紹介をしている谷地ミヨ子さんです。

  谷地さんは、自分自身が発達障害を抱えていた経験から、そのことを生かし、時には感情を抑えききれない子どもたちや、集団行動が理解できない子どもたちを、根気よく、一歩一歩、集団社会に適応できるように指導しています。

  このように、発達障害を指導し続けている谷地さんですが、福島第一原子力発電所の事故以前は、原発から約 30 キロ離れた避難準備区域内の南相馬市で、NPO 法人の MM サポートセンターの代表として発達障害の子どもたちの支援をしていました。

  南相馬市から借りた 900 坪の土地に、園舎が 2 つ、広い園庭には数多くの遊具などがあり、理想的な支援施設だったそうです。

  東日本大震災でも、園舎はほとんどは損害は受けなかったそうですが、その後の原子力発電所の爆発により、約 90 %の児童は自宅から避難を余儀なくされ、バラバラに。

  園庭も、国の定めた避難レベルには達していないものの、子どもたちが集団生活をするには高すぎるレベルにあります ( 排水溝付近で 8 〜 12 μSv/h、園庭で 0.35 〜 1.2 μSv/h )。

  国や市、東京電力に園庭の除染をお願いしたところ、国が決めたレベルに達していない、個人の家屋でなく営業所と同じ扱いとの事で、取りあってくれなかったそうです。また、移転するにも移転費も出ず、南相馬市からは、土地を更地で返すように求められおり、解体費用は自己負担と言われたそうです。

  谷地さんは NPO の代表で、形式上は会社経営者と同じ扱いです。そのため休業補償や失業保険はまったく出ず、現在は、去年 10 月に借りた宮城県名取市にある 「 S・空間 ( エス・スペース ) 」 で約 20 人の発達障害児童の支援をしています。

  義援金や未来を築く子育てプロジェクトからの助成金で、何とかやりくりをしてきたそうですが、そのお金もほとんど底をつき、現在では、MM サポートセンター時代からの機材のリース料など、借金だけが残り、今後、いつまで発達障害の支援が続けられるか分からない状態だそうです。

   「 S・空間 ( エス・スペース ) 」 へのお問い合わせ・ご支援
      電話 :  022 - 398 - 3937
    E メール :  space @  s-education.jp
    ホームページ :  http://s-education.jp/

第 36 回放送  :  2011 年 12 月 13 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

動き出す 『 原発 』 都民投票 ・ 『 原発 』 大阪市民投票

報告 : 今井 一  ( みんなで決めよう「 原発 」国民投票 事務局長 )


  「 原発 」をどうするのか。この極めて重大な案件は、行政府や立法府が勝手に決めることではなく、主権者である私たち一人ひとりの国民が決定権を握るべきではないでしょうか。すでに任意のグループが「 ネット投票 」を行なっていますが、そういうものではなく、国会が認めた公式の「 原発 」国民投票を実現することは決して夢物語ではありません。多数の主権者が望み、求めれば、実施されるのは当然の道理です。それを果たすため、私たちは市民グループ《 みんなで決めよう「 原発 」国民投票 》を結成しました。

   このグループは、「 脱原発 」あるいは「 原発推進 」を呼び掛けるグループではありません。主権者が、原発の将来をどうするのかについて、直接の決定権を握るための国民投票を実現させることを目的として活動するグループです。メンバー個々人が「 原発 」についてどういった考えを持つか、どんな発言をするかは自由ですが、会として、「 脱原発 」あるいは「 原発推進 」を外に向けて呼び掛けることはしません。

   これは、市民の知恵と情熱で歴史的な住民投票を実現させた、新潟の「 巻原発・住民投票を実行する会 」や徳島の「 第十堰住民投票の会 」の活動スタイルに倣ったものです。

   私たちはこれまで立法府や各政党に対して「 原発 」国民投票法の市民案を提出しました。公開討論会やシンポジウム、セミナーを企画し、また志を同じくする議員連盟とも協力し、「 原発 」国民投票の実現を目指します。さらに多くの国民の声を示すため、「 原発 」国民投票の実現を求める任意の署名活動を行なっています ( ネットからも署名できます : http://kokumintohyo.com/apply_form )。

   今回、私たちはこの運動の一環として、東京都、大阪市で原発の是非を問う住民投票条例制定を求める直接請求運動を起こすことにしました ( 私たちはこれを東京「 原発 」都民投票 / 大阪「 原発 」市民投票と呼んでいます )。

   私たちが「 原発 」国民投票の実現運動の一環として東京「 原発 」都民投票 / 大阪「 原発 」市民投票の運動を始めた理由は、以下の 4 つです。

   [ 1 ]  関西電力あるいは東京電力に対し、私たちは、主権者、ユーザー、大株主 ( 例えば大阪市は関電株を 8.9 %保有する筆頭株主 ) として、各社管内の原発設置・稼働に関して、これに関与する責任と権利があります。

   [ 2 ]  設置・稼働という重大な案件を、首長ひとりや議員に委ねることは誤り。これは、主権者 1 人ひとりがよく考えた上で決めるべきことです。
 そして、それを求める活動は「 原発 」国民投票の実現を求める私たちの会の考え、運動とまったく同じです。主権者であり消費者である私たち一人ひとりが「 原発 」の是非を決めて責任を取るべしという主張と運動は、【 みんなで決めよう「 原発 」国民投票 】の活動の本質そのものです。

   [ 3 ]  この請求を行なう意味、狙いは、次のとおりです。

・原発は ( 立地先だけの問題ではなく ) 消費地の問題であるということを多くの国民に理解してもらう
・直接請求運動を通して会の存在、活動を広く知ってもらう
・会の発足以来続けている「 原発 」国民投票の実施を求める署名収集は活動の一つの手段であって、私たちが討論クラブやただの署名収集グループではなく、実際にありとあらゆる合法的な手段を使って、主権者が、消費地の人間が、自身で決定して責任を取ることを実現させようとしているグループだということを、賛同人のみなさんに理解してもらう

   [ 4 ]  条例が制定され、実施されれば申し分ないですが、もし条例制定を拒まれても、「 原発 」の将来は、刈羽村や上関町といった一握りの小さな自治体に住む人たちだけで決めるのではなく、東京や大阪などに暮らす、夥しい数の消費地の人々が「 原発 」の是非を決めて責任を取るべしという考えは、これまでの常識の大転換です。この正当な主張を、運動を報じるメディアやネットユーザーを通して全国の人々に広めることができます。

   東京「 原発 」都民投票 / 大阪「 原発 」市民投票を実現するには、まず各自治体の有権者の 1/50 以上の署名を添えて都知事 / 市長に都民投票 / 市民投票条例の制定を請求します。
  必要な署名数は東京都では約 22 万筆以上、大阪市では約 4 万 2000 筆以上です。
  この請求を受けて都知事 / 市長は条例案に意見書をつけて議会に提案します。そして条例案が議会で審議され、可決されれば住民投票が行われます。

  是非、私たちの活動をご支援ください。

  そして当面の、東京「原発」都民投票/大阪「原発」市民投票実現のための直接請求署名にどうぞ御協力ください。

  署名は街頭でしていただけます。

  署名できる場所は、

  【東京】
  http://kokumintohyo.com/branch/

  【大阪】
  http://kokumintohyo.com/osaka/

  でお知らせしています。

  また例えばご家族やご友人のお 1 人でも署名を集めることができるという方は、ぜひ「 受任者 」に登録してください。「 受任者 」とは署名を集めることができる人のことです。この署名活動は地方自治法で決められた厳格なルールで行うもので、署名は「受任者」でなくては集めることができません。
  東京都 / 大阪市の有権者であれば誰でも「 受任者 」になることができますので、ぜひご登録下さい。   また東京都 / 大阪市の有権者以外の方も、署名を集めること以外は何でも協力していただけます。ぜひ「 サポーター 」としてご登録ください。

http://kokumintohyo.com/branch/受任者・サポーター登録

番組ナビゲーター プロフィール

第 35 回放送  :  2011 年 12 月 6 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

石巻から世界へ 世界から石巻へ

取材 : 米良 彰子  ( 特定非営利活動法人 オックスファム・ジャパン )


   震災から 7 ヶ月となった 10 月 11 日、宮城県石巻市の中央商店街のホシノボックスピア及びかめ七呉服店にて「 石巻国際まつり 」が開催されました。この国際まつりには、災害や貧困に苦しむ途上国で、地域の復興や再生に現場で取り組んできたリーダーたちが終結しました。

   南アジア・スリランカで 2004 年のインド洋大津波に被災し、地域のリーダーとして復興に活動してきた、バサンタカラさん。南アフリカ共和国の旧黒人居住区でエイズに取り組む自助グループを結成し、コミュニティづくりを行ってきた、ローズ・タマエさん。そしてイラク南部のバスラで戦争被害に苦しむ子どもたちを支えてきたムハンマド・イブラーヒームさんの 3 名。

   途上国の現場で災害復興、貧困克服に頑張ってきた自分達の経験を生かして、日本の復興支援に貢献したい、という 3 名の思いは伝わったのでしょうか?

番組ナビゲーター プロフィール

第 33 回放送  :  2011 年 11 月 22 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

自立生活をする障がい者の震災報告

報告 : 小野 和佳  ( いわき自立生活センター )


   制作・撮影 : 渡辺裕一
   企画・コーディネーター : 照木篤子
   ナレーター : 照木篤子

  自立生活セミナー シリーズ 震災と障害者 講演会 「 フクシマからの報告 」

  講演冒頭の小野さんのことば ( 要約 )

 「 携帯電話から聞きなれない音が鳴り響きました。
   その音の理由を考え始めてから間もなく、目の前が大きく揺れ始めました。

   無意識のうちに車いすから降りて、デスク下に体を小さくして入っていました。
   3 分以上続いた強い揺れがおさまりかけると、
   情報収集をするためのツールが、あまりにも不足していることに気づかされました。」

番組ナビゲーター プロフィール

第 32 回放送  :  2011 年 11 月 15 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

東日本大震災 被災者の声 1 - 中澤松次郎さん

取材 : 早川 由美子  ( ドキュメンタリー映画監督 )


   収録日 : 2011 年 8 月 19 日
   取材・撮影 : 早川由美子
   編集 : ヨコヤマテツヤ

   東日本大震災から約 5 ヶ月経った 8 月 19 日、仙台市長町の仮設住宅を取材しました。

   偶然出会った 80 歳の元漁師・中澤松次郎さんは、仙台市荒浜の自宅を津波で失い、仮設住宅で暮しています。仮設住宅で暮せる期間は 2 年だけ。新しく家を建てるにも、莫大な費用がかかります。これからどうやって暮していくのか、不安な心境をお聞きしました。

  中澤松次郎さんのインタビュー完全版はこちらよりご覧いただけます。   http://www.youtube.com/watch?v=LCvnYVjRXQg

番組ナビゲーター プロフィール

第 31 回放送  :  2011 年 11 月 8 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

石巻災害復興支援協議会

報告 : 木村 彩那


   武蔵大学では、3 月 11 日の震災を受け「 学生による被災地支援のための市民メディアプロジェクト 」を有志により立ち上げました。

   このプロジェクトでは定期的に月に一度、学生が被災地を実際に訪れ、災害ボランティア活動に参加し、また現地で被災者に必要な情報を伝えるため市民によって立ち上げられた臨時災害放送局、ミニコミ、復興に取り組む NPO / NGO 等をインタビュー取材し、そのメッセージを記事や映像にまとめて様々なメディアを通して多くの人に伝えて行くことで、長期的な被災地支援につながる活動をしています。

   震災から約 2 カ月が経過した 5 月 27 日、私たちは奇跡のボランティア組織とも呼ばれた「 石巻災害復興支援協議会 」の本部がある石巻専修大学を訪れました。インタビューに応じてくださったのは、その組織の代表である伊藤さんです。

   震災後、被災地には約 8 万人以上のボランティアが、全国各地から集まりました。しかし被災地ではボランティアを受け入れること自体が大きな負担となり、受け入れを拒否したり人数を限定したりしたりした自治体も少なくありません。そのような現場の中、石巻ではボランティア団体受け入れの母体となる「 石巻災害復興支援協議会 」をいち早く立ち上げ、訪れたボランティア団体同士で上手く連携の取れた活動ができるように、「 炊き出し 」「 心のケア 」「 チャイルド 」などといった 9 つの分科会を立ち上げ、毎日決まった時間に連絡会議を行うといった工夫をして運営しています。

   石巻災害復興支援協議会が行っている受け入れの仕組みや知恵を、私たち若者や多くの人が理解し学んでおくことは、今後震災やその他の災害に遭遇したとき必ず役に立つことでしょう。

   そして、このように私たち学生が主体となり、被災地の様子や既存のマスメディアだけでは伝えきれない被災者の方々のメッセージを、学生目線で伝えていくことで、より多くの同じ立場の学生、あるいは社会人に被災地の状況について、今よりもっと関心を持つきっかけとなってほしいと考えています。

   そして私たちは今後とも学生だからこそ出来る情報発信に取り組んでいきたいと考えています。

番組ナビゲーター プロフィール

第 30 回放送  :  2011 年 11 月 1 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

学生による被災地支援の市民メディアプロジェクト

報告 : 田村 純也


   武蔵大学では、「 学生による被災地支援のための市民メディアプロジェクト 」を立ち上げました。

   毎月 1 回、学生が被災地を訪れ、災害ボランティア活動に参加するとともに、現地で被災者に必要な情報を伝える臨時災害放送局やミニコミ、復興に取り組む NPO / NGO 等を取材し、そのメッセージを記事や映像にまとめて様々なメディアを通して多くの人に伝えて行くことで、長期的な被災地支援につながる活動をしています。

   地震から約 2 カ月が経過した 5 月 28 日、私たちは宮城県の石巻市と南三陸町を訪れ、臨時災害放送局の 「 いしのまきさいがいエフエム 」 と 「 みなみさんりくさいがいエフエム 」 を取材し、被災地での復興に向けたメディアの取り組みについて取材しました。

   石巻市のコミュニティ FM 局だったラジオ石巻は、震災後、「 いしのまきさいがいエフエム 」 となり、地域の人達に復興関連情報を伝えていました。

   また、石巻市以上に復旧の目処が立たない状況下にある南三陸町では、新たに市民が担い手となる臨時災害放送局が立ち上がったばかりでした。

   私たちがこうした被災地で出会った人達のメッセージを、大学を核に継続して伝えていくことで、より多くの人たちに被災地の状況について関心を持ち続けていただけたらと思います。

   そして私たちは今後とも学生だからこそ出来る情報発信に取り組んでいきたいと考えています。

番組ナビゲーター プロフィール

第 29 回放送  :  2011 年 10 月 25 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

東日本応援ライブ in MITAKA

取材 : コドモノカイシャ , ヨコヤマテツヤ


イベントと番組制作

   企画 : Little Voice of FUKUSHIMA, コドモノカイシャ、ヨコヤマテツヤ
   取材・撮影・編集 : コドモノカイシャ、ヨコヤマテツヤ
   音楽 : Little Voice of FUKUSHIMA、森本ケンタ
   協力 : 株式会社まちづくり三鷹、東日本応援ショップ ( 東京都三鷹市 )

番組制作について

   東日本大震災が起き、原発事故を連想させることになった福島という地の本来の姿と、福島の人々の声を伝えるため、Little Voice of FUKUSHIMA を立ち上げた宇津本氏の想いに賛同した方々の協力により番組制作される。

   今回の Little Voice of FUKUSHIMA 初ライブイベントには、東日本大震災の被災した子どもたちへの継続的な支援のために「 足ながおにいちゃんプロジェクト 」を立ち上げた森本ケンタ氏をゲストに迎えた。

   今回、コドモノカイシャの協力により番組制作に参加した 4 人の子供達が、自分たちで考えインタビューとナレーションを行い、撮影の一部を担当した。

Little Voice of FUKUSHIMA

  福島の子供たちの言葉 住む人々の想い、美しい自然と個性的な風物を福島出身のボーカリストの歌声で世界に届ける音楽ユニット。

  ・山辺秀美 ボーカル担当 福島県郡山市出身
  ・田村直希 ギター、編曲担当
  ・宇津本直紀 パーカッション、作曲、プロデュース担当

森本ケンタさんと「 足ながおにいちゃんプロジェクト 」

   東日本大震災により親を失った子どもたちを支援する「 足ながおにいちゃんプロジェクト 」は、発起人であるシンガーソングライターの森本ケンタ自身が 小学3年生のときに阪神・淡路大震災を経験しており、震災経験者だからこそできることをサポートしていきたいとの想いから、長期にわたり活動を続ける べく支援を呼びかけている。

   国などからの補助金・助成金は受けず、すべて寄付金で運営し、チャリティーライブを開催しながら、瞬間的なものではなく長い期間で、物質的、精神的に子どもたちを支えていく。

  http://www.morimotokenta.com/ashinaga/

  私の妻は、福島県の出身です。
  そして私の二人の子供には、半分、福島県の血が流れています。

   毎年、夏休みと正月、私は必ず妻と子供たちと共に、福島県の実家を訪れます。 福島は、妻と子供達にとっては故郷であり、私にとっては第二の故郷です。 福島は、豊かな地域です。緑にあふれ、日本有数の農産物の生産地帯であり、純朴で情に厚い人たちが家族や近所の人たちとの関係を大切にしながら、手をとりあうように暮しています。

   2011 年 3 月 11 日以降、福島は、原発事故の地として、"FUKUSHIMA" とアルファベットでつづられ、世界中にその名を知られることととなりました。

   世界中のありとあらゆるメディアが "FUKUSHIMA" を大々的に取り上げました。 しかし、そこに、福島に住む人たちの声がどれだけ反映されているのでしょうか?世界中に発信された映像に、原発だけではない、緑あふれる福島本来の姿がどれだけ映し出されているのでしょうか?

   「 汚染された地 」「 悲劇の地 」として語られることになってしまった福島の日常の人々の生活を、本来の美しい姿を、音楽を通じて知ってもらうきっかけをつくれないだろうか。そんな想いから、音楽ユニット " Little Voice of FUKUSHIMA " の立ち上げを決意しました。

   このユニットでは、福島の子供達がつづった詩や作文、福島県郡山出身のボーカリスト・山辺秀美自身の体験や想い、いまもそこに住む人々の声、そして福島の美しい自然や個性的な風物などを題材に作詞し、私が作曲・プロデュースして楽曲をつくり、CD を発売、また iTunes Store などを通じて全世界に配信します。

* このユニットの楽曲を収録した CD の純利益のすべては、被災した福島県各自治体の教育委員会に寄付いたします。

Little Voice of FUKUSHIMA  企画者・宇津本 直紀

番組ナビゲーター プロフィール

第 28 回放送  :  2011 年 10 月 18 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

思い出写真を遺すには

報告 : 英 真 ( 「 思い出遺し隊 」 )


第 27 回放送  :  2011 年 10 月 11 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

震災地から発信する聴覚障害者へのサービス

取材協力 : 株式会社プラスヴォイス


第 26 回放送  :  2011 年 10 月 4 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

ボランティア派遣が続く石巻

報告 : 合田 茂広  ( ピースボート災害ボランティアセンター )


   「 1 人のプロよりも、きちっと組織された 100 人のボランティアの力を! 」が、ピースボート流の国際協力、災害救援の考え方です。

   東日本大震災の最大の被災地のひとつとなった宮城県石巻市では、約 20 万人のボランティアが活動、一つひとつ人の手で復興を目指してきました。ピースボートのボランティアにも、学生やアルバイトの若者が、企業 CSR 活動を通じた社員の皆さんが、そして世界 49 ヶ国からのボランティアが集ってくれました。

   今後は、石巻市をはじめ、国内外での支援活動を続けながら、災害ボランティアリーダーを育て、全国での人材ネットワークを構築する取り組みを始めます。犠牲になってしまった多くの尊い命に応えるためにも、今回の震災から学び、次の震災での被害を最小限にする努力を続けていきたいと思います。

番組ナビゲーター プロフィール

第 25 回放送  :  2011 年 9 月 27 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

Recording Report 反原発 REMIX ECD


溶けたらしいぞ 漏れてたらしいぞ
溶けたらしいぞ 漏れてたらしいぞ
2011 反原発 REMIX
いったい今日で 何日目 何日目 何日目
あっちもこっちも
にっちもさっちも
あっちもこっちも
にっちもさっちも
あっちもこっちも ヤバイ震災の
噂でもちきりの界隈を
にっちもさっちも もーどーにも
こーにも行き詰まりのクソ親父の
ラップでロックする エブリバディセイ
NO 放射能 もういらないよ
NO MORE 原子力発電所
溶けて漏れ出した

あっちもこっちも
にっちもさっちも
あっちもこっちも
にっちもさっちも
サンイチイチ以後たどる崩壊の
何が真相? どこにこの怒りの
向ける矛先の果ては自分にも
何を頼りのだけどコンチクショー
ビート このテンポ まーだ止めないぞ
NO 放射能 もういらないよ
NO MORE 原子力発電所
溶けて漏れだした

あっちもこっちも
にっちもさっちも
あっちもこっちも
にっちもさっちも
シーベルト調べると
水も 野菜も 空気も 心配の
種は尽きない 子供実験台
にーするつもりか ここはガス室か
気ー狂いそうだから何度でも
NO 放射能 もういらないよ
NO MORE 原子力発電所
溶けて漏れだした

あっちもこっちも
にっちもさっちも
あっちもこっちも
にっちもさっちも
日曜日も 月曜日も
火曜日も 水曜日も
木曜日も 金曜日も
土曜日も 溶けて漏れ出した
雨の日も 風の日も
溶けて漏れ出した 溶けて漏れ出した

プロフィール

第 24 回放送  :  2011 年 9 月 20 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

NY からの支援・つるプロジェクト

報告 : 片桐 美樹


プロジェクト参加者 :
Mayumi Yuri Makiko Fumiha Aya Miwa Yuko Sayaka Makki & Miki

コーディネーター : 照木篤子
撮影協力 : 酒井理季

番組ナビゲーター プロフィール

第 23 回放送  :  2011 年 9 月 13 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

南相馬市からの報告・孫は戻さない

報告 : 川又 啓蔵  ( 南相馬在住レポーター )


  福島県南相馬市原町区大甕 ( おおみか ) 地区。ここは、福島第一原発から 20km 地点、立ち入りが厳しく制限される 「 警戒区域 」 と 「 緊急時避難準備区域 」 の境界です。この地区のおよそ 8 割の世帯は警戒区域にあり、集落が分断され、隣の家にも行けないという状態です。また、その境界の線引きは、原則として一律に原発からの距離で設定されるため、この大甕地区には、集落内の隣家との境目どころか、自宅の敷地内にこの境界線を引かれ、分断される事態が起こっています。

  取材に応じていただいたお宅もその一軒です。自宅敷地内にある家庭菜園が、20km 圏内となり、分断されています。

  取材に応じていただいた女性は、震災前まで、旦那さんと息子夫婦、そして孫の 7 人で生活していました。しかし現在は、この女性と旦那さん、そして息子さんの奥さんの計 3 人になりました。震災後、息子は仕事の都合で北陸地方に単身赴任、孫 2 人は原発事故の影響を心配して、北に約 70km 離れた仙台市に転居させたといいます。原発事故の発生までは、家庭菜園で採れた野菜を使った料理が並ぶ食卓を、家族 7 人で囲む日常がありました。

  今月中 ( 2011 年 9 月 ) にも 「 緊急時避難準備区域 」 指定の解除が確実な状況になっていますが、この指定が解除されても、このお宅では孫 2 人を自宅へ戻す考えは無いということです。 「 指定の解除 」=「 安心 」 ではないという考えを強く持っているからです。「 指定の解除 」 は、またあの 「 日常 」 が戻ってくることには必ずしもつながらないようです。この指定が解除されると、このお宅をはじめ、南相馬市の広い範囲で、「 警戒区域 」 と背中合わせで 「 普通の生活 」 を送ることになります。

  また、この地域は、警戒区域との境界線に沿うようなかたちで、ビニールハウスでの春菊栽培が行われていました。しかし、それも、原発事故以降行われなくなりました。そうしたハウスの中を覗くと、野生化した春菊が生茂って、林のような状態になっていました。この地域の春菊栽培は、ここ数年、高齢化などにより生産者数や、出荷販売額の減少が顕著になっています。ある生産者は 「 原発事故による規制が解除されても、もう一度生産を始める人は相当少ないのでは 」 と話していました。

  原発事故から半年が過ぎました。引き裂かれた地域、家族、農業。規制の解除は本格的に進もうとしている中で、そうした引き裂かれた 「 絆 」 を戻すことは、非常に困難なようです。

番組ナビゲーター プロフィール

第 22 回放送  :  2011 年 9 月 6 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

被災地支援に生かせ!ものづくりの技 ~東京・大田区~

撮影・編集 : 大田ケーブルネットワーク  ( http://www.cno.co.jp/ )


   大田区では、市民主体の震災支援ボランティアセンターが中心になって震災支援を進め、現地に多くのボランティアを送っています。

   実際に現地で泥かきボランティアをした区民の声をうけ、作業人員の半減も可能となる画期的なアイデアが出ました。それは、汚泥処理の際、泥を入れる袋を人力でささえるのではなく、土嚢スタンドを使うというものです。

   そして、できたスタンドが「大田の輪」。
   大田区は町工場とものづくりの本場。ものづくりの達人が完成させ、被災地で使われるようになりました。

番組ナビゲーター プロフィール

第 21 回放送  :  2011 年 8 月 23 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

五十嵐正史とソウルブラザーズ「 解放の歌 」

詞 五十嵐正史 原曲 ボブ・マーリー


昔この国の民は 自由を奪われ
命は虫けらみたいに 捨てられていた
暗い時代の果てに 誓いを立てた
あらゆる命が自由に 平和に生きる権利
そして俺達は生まれた
自由のために 殺さないために
解放の歌を

今原子力の 明るさの中で
俺達に潜む闇を もうごまかせやしない
丈夫に出来たこの腕が 俺達の誇りさ
誰もがその手で現実を 切り開けるはず
その時歌ってほしい
自由のために 殺さないために
解放の歌を

昔この国の民は 自由を奪われ
命は虫けらみたいに 捨てられていた
俺達はもう二度と 見過ごしちゃいけない
命が原子力で 殺される世界
今こそ歌ってほしい
自由のために 殺さないために
解放の歌を

   3 月 11 日以降の世界を生きて行くぼくらには、特に大人には逃げては行けない責任、やるべきことがあると思っています。

   それはもう二度と誰かを、どこかを踏みつけにして、自らの余裕を失くした、常に何かに追われるように欲しがり、求め続ける生活の維持に奔走することを金輪際止めることです。

   それが、天災が引き金となった取り返しのつかない人災(原発事故、避けられたはずの被災者たちの被爆、末端作業員の過酷な労働と被爆、政府、官僚、電力会社の保身と隠蔽)を防ぐための、一人一人が今すぐ取り組める唯一の方法だと思っています。そして、それは被災者のみなさんの辛苦を少しでも減らす行動でもあるはずです。

   2003 年頃からこの「解放の歌」を歌って来ましたが、私自身、原発について福島原発事故を通して初めて知った事があまりに多く、そのことに恥ずかしさを感じ、改めてその非人道的な装置の在り方に愕然とし、結局原発を享受して来てしまった自分の生活の在り方を見つめ直す日々です。

   騙されることで、黙っていることで何かを見殺しにしないために、自分自身と、そんな原発同様のこの国のあらゆる仕組みを見つめ続けて、これからも力に依らない自分達の音楽(ロック)を鳴らし続けて行きたいと思っています。少しでもこの世界が、小さな一つ一つのやわらかい多様な灯りで、未来を語りつつ、良くなって行くように祈りを込めて・・・

五十嵐 正史

第 20 回放送  :  2011 年 8 月 16 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

学生つなぎ隊のワークショップ

報告 : 増田 萌那  ( 被災地 × 学生つなぎ隊 )


   7 月 22 日、早稲田大学にて「 被災地 × 学生つなぎ隊 」企画の第 3 回ワークショップ 「 被災地の今 ~ 夏休みにできること 」 を開催しました。 学生それぞれの被災地への想いや考えを、一部ですがご覧ください。

「 ボランティアに行きたいと思うが、どうしたら良いのか分からない 」
「 震災ボランティアって不安だ 」

   という気持ちを持っている学生の皆さんに参加していただきました。 また、既にボランティアで現地へ行った経験を持つ学生や、復興支援に長期的に携わっている方にも参加していただきました。

   このワークショップでは、学生視点で自分たちが感じたことを自由に伝えることが出来ます。 体験したからこそ分かったことや、自身で見て考えたことを自由にアウトプットして、情報を共有しました。

   また、ディスカッションを通し、自分の考えていることを人に話してみることで、 意外な視点から反応をもらったり、新しい情報や誘いを受けたりと、 それぞれの学生にとって意味のある場になっていることを実感しました。

   今回のワークショップが、この夏休みに何かしらの被災地と関わるきっかけになっていたら幸いです。

   そして、この様子を映像を通して見ていただいた多くの方に、 これから将来を担う若者の想いや可能性に対して、期待を持っていただければ嬉しく思います。

   学生は、被災地の今とこれからを各々の視点で捉え、考え、見つめています。

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第 19 回放送  :  2011 年 8 月 9 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

宮崎県串間市 3/11 Turning Point

報告 : クリンガー・サシャ  ( 国際交流員 )


   東日本大震災のちょっと前、宮崎県の串間原発反対運動の活動が盛り上がってきていました。 震災 3 日前には、「活断層で日本はひびだらけだから海の近くに原発を作るのは危ない」などの予言の実録。

  そして、メッセージは?

  今の最悪の震災・原発災害をきっかけにして、
  自然や音楽を大切にしながら原発は要らない、生き方を変えよう!

  宮崎市のドイツ出身国際交流員、クリンガー・サシャが制作しました。
  ほかの活動について、下記の私のブログをご覧下さい。
  http://saschimi77.wordpress.com/

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第 18 回放送  :  2011 年 8 月 2 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

南相馬の震災 FM 放送


   南相馬災害 FM は、東日本大震災・福島第一原子力発電所の事故を受けて、南相馬市が開局した FM 放送局です。

   周波数 79.5 MHz で、毎日午前 9 時・午後 1 時・午後 5 時からの各 1 時間、主に南相馬市役所からのお知らせや、放射線測定値など、地域に密着した情報を伝えています。

   福島県外からは「 サイマルラジオ 」を通じて、インターネット経由で聞く事が出来ます。 また、再放送は、南相馬災害 FM のウェブサイト から聞く事が出来ます。

   南相馬災害 FM のウェブサイトでは、「 今日の南相馬市 」や文字放送なども見る事が出来ます。

   お便りやお問い合わせは msfm795 [at] yahoo.co.jp までお願いします。

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第 17 回放送  :  2011 年 7 月 26 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

東北の子どもがいま必要なもの

報告 : 町井 望  ( 特定非営利活動法人 フリー・ザ・チルドレン・ジャパン )


1. 相馬市の沿岸部について

   7 月 5 日、福島県相馬市を訪問しました。沿岸部には未だにたくさんの瓦礫が残っており、3 割程度しか撤去できていないとのことでした。 陸地には複数の大型漁船が残されており、また、津波で流され廃棄された車両や、家屋の一部が至る所に山積みにされていました。

   風で瓦礫の埃が舞い、夏は暑さによって悪臭が漂い、そして放射能の影響があり、沿岸部付近の学校では、あまり窓を開けられないという、困った状況が起きていることが分かりました。

2. 放射能の影響について

   内陸の福島市や伊達市に比べて、相馬市は放射線量が低いようですが、雨どいの下や、排水溝、埃がたまりやすい建物の隅や、土の上などからは、相馬市内でも非常に高い放射線量が検出され、学校の校庭の土を除去したり、立入禁止にするなどして、子どもがそのような場所に近づかないよう、できる対策は行われていました。

   学校の教室においても、本当は窓を開けずに授業をしたいところですが、教室内には扇風機やクーラーがないため、窓を閉め切ると暑さのため授業になりません。また、南相馬市など、原発から近い地域に住む子どもたちが相馬市へ避難し、学校に転入しており、1 クラスあたりの人数も 40 人以上と多くなっているため、窓を閉めたままでは暑くなり、仕方なく、窓を開けて授業を行っているという様子を目にしました。

   訪れたのが七夕前だったため、クラスには願い事が描かれた短冊が飾られていました。それらの中には、「 放射能からみんながかいほうされますように 」という願いがあり、子ども自身も放射能のことを心配しながら生活しているということを、改めて認識させられました。

3. 経済的な打撃について

   福島県では、地震や津波に加えて、放射能の影響による被害という 3 重の苦しみが県民を襲っています。そのため、非常に広い範囲で、経済的な打撃を受けています。

   例えば、相馬市には、夏場は多くの人で賑わう大浜海水浴場、市民の憩いの場として親しまれてきた大須海岸、県内唯一のあさりの産地として潮干狩りもできる松川浦、東北でも有数の活魚の水揚げ港として人気のあった水産物直売センターなどがあり、自然と文化、産業が融合する、魅力的な海岸部を有する市でした。

   しかし現状、原発の影響や津波による瓦礫のため、復興までの道のりが見えません。

   他方で、慣れ親しんだ相馬市をまた、もとの元気な街に戻そうと、少しずつ避難していた人々が戻ってきているようです。ただ、経済的に厳しい家庭が少なくないようで、制服やジャージといった学用品も揃えられずにいる新 1 年生が、7 月になってもいることが分かりました。

4. 心のケアについて

   今回の震災で、精神的に不安定になっている児童・生徒がいることを、学校の先生方は心配されていました。 福島県では、放射能の影響で学校を開校しない地域があり、サテライト校として開校している遠方の学校に通わざるを得ない生徒たちがいます。

   そういった生徒たちは、家庭を津波や地震で壊され、また、普段とは違う学校に通うということで、どこにいても安らぐ場所が無い、という気持ちになっているのです。

5. FTCJ の活動

   FTCJ では、福島県相馬市の学校や教育委員会から聞き取り調査を行い、これから資金を集め、特別プログラムを開発し、子どもへの教育支援を重点的に行いたいと考えています。

  • 相馬市内の高校新 1 年生で、制服やジャージが手に入らない生徒への支援
  • 夏の暑さ対策への支援 ( クーラーや扇風機などの提供 )
  • 国産のガイガーカウンター ( 放射線量計測器 ) の配布支援
  • 心のケアにつながるワークショッププログラムの開発と実施
  • → 子どもと子どもがつながるプログラム
  • 福島を元気にするイベントの企画、実施など

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第 16 回放送  :  2011 年 7 月 19 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

福島・南相馬市 原発から 20 〜 30 キロ圏

報告 : 川又 啓蔵  ( 南相馬在住レポーター )


   「 緊急時避難準備地域 」として指定を受けた、福島第一原子力発電所・半径 20 - 30 km 圏内の地域。

   福島県南相馬市は、市内のどこまでが 30 km 圏内なのかについて、明確に判断を示さないまま、「 居るも避難も自己責任 」 という態度を取りました。他方 「 全町・全村避難 」を決断した、同県・双葉郡内の町村の中でも、川内村では " 安全が最優先 " として、国や県の指示を待たずに、「 全村避難 」 との判断をしました。

   南相馬市内の住民は、最近になってこのような 「 同じ距離圏内の他の町村の動き 」 について知るようになりました。

   未曾有の原子力災害において、「 危険な理由が見つからなかったから 『 避難しない 』 」 というのが正しいのか、「 安全な理由が見当たらないから 『 避難する 』 」 のが正しいのか。少なくとも、防災や危機管理の視点から見るならば、後者の判断がなされるべきではないでしょうか。

   先日、この南相馬市内の、とある工務店を訪れました。同店は 60 歳代の経営者と、その息子である 30 歳代前半の後継者によって営まれています。
   原発事故以後、息子は妻子とともに、関東地方に避難して生活を続けています。そのため現在は、経営者夫婦と近所に住む高齢の職人たち数人で切り盛りをしています。

   経営者の妻によれば、今のところ、息子は放射能汚染を心配して、南相馬に帰ってくるつもりはないということです。もちろん、本心では南相馬に戻り、震災の前と同じように、父親と一緒に仕事をしたいのでしょう。

   お客さんのニーズに応えたいという気持ちは親子共通。その一方で、今後の人生や子どもの安全を考えると、安易に 「 帰って来い 」 とは言えない状態。
   経営者親子の苦悩、また、父子の間に立つ、妻の複雑な気持ち。家族の、そして、親子の気持ちが引き裂かれていく現実。引き裂かれた溝は、日に日に深くなるように感じられます。

   このようなケースは、南相馬の地域では、決して珍しいことではなくなってしまいました。
   また、県外に避難している被災者に話を伺ってみると、仮に、警戒区域や緊急時避難準備地域などの指定が解除されても「 息子夫婦たちは南相馬には帰さない。自分たちだけが戻る。 」 と話す人がほとんどです。

   単に、距離的なモノや事が引き裂かれても、それは 「 可逆 」 かもしれません。しかし、「 引き裂かれた心 」 は、その亀裂を修復することが相当難しい、「 不可逆 」 なことでしょう。

   津波が襲来した先端から、およそ二百数十メートル程しか離れていない場所や、ホットスポットから数キロの地点に仮設住宅を作るなど、「 守られるべきは誰なのか? 」 という疑問と、ありとあらゆるものが引き裂かれている現実が、この南相馬市には数多くあります。

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第 15 回放送  :  2011 年 7 月 12 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

震災後の性暴力を防ぎたい

報告 : 中野 宏美  ( 震災後の女性・子ども応援プロジェクト )


   東日本大震災の中で、私たちは、1995 年に起こった阪神・淡路大震災の際に、 被災地や避難所において性暴力に遭った女性や子どもたちがいたことを思い出しました。 震災時には平時よりも性暴力が増える現実は、海外だけでなく日本でも報告され、憂慮されています。

   そこで、女性や子どもに対して震災時の性暴力防止と支援を強化することを目的に、 日ごろ女性や子どもに対する支援や、暴力防止に取り組む NPO 等が連携し、 「 震災後の女性・子ども応援プロジェクト 」 を立ち上げました。当面の活動として以下の活動を展開しています。

  1. 被災地の女性や子どもに対し、性暴力防止のための啓発活動ならびに情報提供を避難所等で実施する
  2. 医療従事者・災害ボランティア等に対し、被災地の女性や子どもが性暴力に遭わないための啓発活動ならびに情報提供を避難所等で実施する
  3. 被災地の女性や子どもに対する支援に携わる団体への寄付を市民に呼びかける

「自分を大切にするよ」やくそくカード
   被災地や避難所で「自分を大切にするよ」やくそくカードを、物資とともに配布しています
被災地でカードを配布している様子

   カードには声をあげられる相談先を掲載しています。


パープル・ホットライン



災害時の性暴力・DV防止ネットワーク

   災害時には誰でも不安になります。 「 おかしい 」 「 変だな 」 と感じることがあったら、相談してください。

   ~ 一人で悩まないで あなたは一人ではありません ~

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第 14 回放送  :  2011 年 7 月 5 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

困ったときはおたがいさま

報告 : 森 透  ( 特定非営利活動法人 地球対話ラボ )


   日本は、難民受け入れのハードルが高い国です。テレビなどで難民がとり上げられるときは、国外退去などの話題ばかりです。
   難民と日本人などとで一緒に被災地ボランティアが行われていると聞き、取材を思いつきました。そのひとりに、新宿で店をやっている人がいるとのことでした。エディさんです。

   エディさんは、飲食店経営を学ぼうと、春にヨーロッパに行く予定を立て、航空券の用意もしていました。ところが震災が起こり、キャンセルして被災地に向かいました。外国人が次々と日本を離れる中で、自分は日本で、被災者支援をしたいと考えたからだそうです。東北の人々との友情が深まっています。

   エディさんの店、ルティグルはとてもフレンドリーな店です。自家製サングリアは甘さ抑えめでうまいです。

   協力 : 特定非営利活動法人 難民支援協会

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第 13 回放送  :  2011 年 6 月 28 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

外国から見た不可解な日本人

報告 : スベンドリニ・カクチ


   震災と原発事故の実態は、日本の外から見ると不可解で伝わりにくいようです。

   政府や東京電力などは、情報を発信するどころか、隠蔽しています。そのなかで外国人ジャーナリストは自分で情報を収集・判断し、使命感によって行動しました。

   その報道によって、海外から多くの支援や連帯が寄せられています。

   いま、被災者に限らず、日本で暮らす「私たち市民」には、人任せにせず、「お上」に頼らないで、自分の意見を発信し、自分で判断して行動することが求められているのではないでしょうか。

   市民個人の思いが見えてくる発信によって、既に海外から寄せられている支援や連帯は、もっと深く強いものになるでしょう。

   ( 企画 : 渡辺 裕一 )

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第 12 回放送  :  2011 年 6 月 21 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

この子を守れますか?

報告 : 吉野 裕之  ( 子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク )


   20 ミリシーベルトの基準撤回を求めて、福島の父母たちが文科省に乗り込み、 文部大臣は 「 1 ミリシーベルトをめざす 」 との文書を福島県に出しました。

   しかし、この 1 ミリシーベルトから除外されているのが、 給食やほこりの吸引による内部被ばく、通学を含む学校外での被ばく、事故直後 3 月の被ばくです。

   「 福島の子どもたちは崖淵に立たされています 」 と吉野さんは訴えます。

   全国の人々の理解と支援なしには、苦境から脱することは到底できない状況にあり、 市民と専門家による支援は国内、フランスなど海外に広がっています。

   子どもを持つ親はみな、避難するか、残るか、重い選択の前で苦悩しています。
   福島からの 「 この子を守れますか? 」 との問いは、 私たち日本全国の人間に向けられています。

   ( 企画・構成 : 森  透 )

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第 11 回放送  :  2011 年 6 月 14 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

東京葛飾 下町の心意気

報告 : 野口 扶美子  ( 東日本大震災  葛飾高砂 チーム T  実行委員長 )


   震災からひと月は、ニュースを見て泣いたり悲しんだりしながら、子育て・仕事を抱えるわたしには何ができるのか、悶々としていました。
   足もとからできること、町と町を結ぶ支援ができたら ... と思っていたとき、 勤め先に、宮城の教育委員会宛の学用品支援の要請が届き、私の地元・葛飾高砂の町をまとめて、実施することにしました。 ( 教育委員会からの学用品支援要請は、4 月末で終了しています )

   高砂の住吉自治会の有志や、住吉小学校の PTA に呼びかけて実行委員会 「 東日本大震災支援・葛飾高砂 チーム T 」 を立ち上げ、 葛飾区立新宿中学校、高砂中学校、住吉小学校、高砂小学校と各 PTA 、ボーイスカウト葛飾第三団、葛飾合気会の協力を得て必要な物資を集め、 PTA や地域の方々 30 人以上で仕分け作業をしました。みんなが何かをしたい!とずっと思っていたということを強く、強く感じました。

   受取窓口である宮城教育大学 ( 仙台 )、気仙沼教育委員会に届けて気仙沼に一泊しました。 山勝さんが、気仙沼のおじちゃん、おばちゃんに町の人の感覚で話しかけていたのが印象的でした。 「 町の人は、やはり町の人の心をほぐすのがうまいな 」 と感じました。 行政でも専門家でもない、ふつうの町場のおじさんだからこそ持つ力を感じました。

   被災地の状況も日々変わってきています。今は、物資を主とするような緊急時から、より人から人の支援が必要な時期へと移ってきています。
   自分の住む地域の人びとが、東北の支援を通して、地域のつながりを強くし、またその思いを東北の地域の再生につなげていけるような活動を、これからも続けていければと思っています。

東日本大震災  葛飾高砂 チーム T

   チーム T は多くの方々が関わっています。

東日本大震災 葛飾高砂 チーム T

   放送に登場した、山勝正久さん ( 一番右・住吉自治会 ) のほか、この 5 名の方が中心になって動いてくださいました。左から、石川雅朗さん ( 住吉自治会 )、目黒達也さん ( 住吉小学校 PTA )、佐々木裕一さん ( 新宿中学校・住吉小学校 PTA )、島賀照さん ( 住吉自治会 )、平川麻里さん ( 新宿中学校・住吉小学校 PTA )。その左に私 ( 野口扶美子 ) です。

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第 10 回放送  :  2011 年 6 月 7 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

被災地の生きがいと仕事づくり

報告 : 村井 雅清  ( 被災地 NGO 恊働センター )


   今回の出演者は 「 生きがい・仕事づくり 」 をテーマに活動を展開する 「 被災地 NGO 恊働センター 」 の代表、村井雅清さん。

   被災地の方に 「 まけないぞう 」 という、壁掛けタオルの商品を作ってもらい、販売をしています。 1 個 400 円の売り上げで、そのうち 100 円は被災者の収入となります。 現在は、岩手県の大槌町、陸前高田市などの被災地や、山形県米沢市の避難所などで 20 人がこの商品を作っているそうです。

   「 まけないぞう 」 は、「 心の癒し 」「 人間関係つくり 」「 仕事 」の面で被災地の支援となる、と村井さんは語ります。 かわいい 「 まけないぞう 」 が、被災地と全国を結ぶ架け橋となるのかもしれません。

   「 まけないぞう 」 は、以下のウェブサイトより購入できます。

   「 まけないぞう 」 ウェブサイト ( 被災地 NGO 恊働センター )      http://www.pure.ne.jp/~ngo/zou/index_j2.html

   ( 構成 : 小澤  真人 )

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第 9 回放送  :  2011 年 5 月 31 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

地域の信頼を得る活動を

報告 : 田中 好子  ( NGO パレスチナ子どものキャンペーン )


   岩手県大槌町で、子どもたちの居場所として「 子どもテント 」の開設、 在宅避難をしている人々の支援、流された写真やアルバムの整理と持ち主への返却などを行う中での報告です。

   田中さんが事務局長を務める「 パレスチナ子どものキャンペーン 」は、 パレスチナのガザ地区、ヨルダン川西岸地区、レバノンのパレスチナ難民キャンプで、 子どもたち、お母さんたちへの物心両面の支援活動を続けて、約 25 年になります。

   空爆や経済的な封鎖など、理不尽な破壊にさらされ続ける人々と共にある中で、 支援者として地域の信頼を得ることの大切さを強く感じ、三陸でのじっくりと腰を据えた活動があるのでしょう。

   ( 企画・構成 : 森  透 )

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第 8 回放送  :  2011 年 5 月 24 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

おいしい幸せとりもどそう

報告 : 増田 萌那  ( 被災地 × 学生つなぎ隊 )


   " 素人のボランティアは行くのは良くない。逆に被災地の迷惑になる。 "

そんな教訓じみた情報が流れています。

私は被災地に行ってきました。
就活生ですが、震災直後、それどころじゃないと感じました。
何の役立ちそうな資格もない一学生の私でも、できることはきっとある。
そう思い、ボランティアに参加したのです。

私は炊き出しを作っていました。
映像の中の写真は、日々の炊き出しメニューの一部です。
ある日の炊き出しメニュー・チンゲン菜のラーメン

炊き出しを通して、「 食糧 」ではない 「 食事 」 を取ることのできる、
当たり前の幸せを取り戻してほしい、
そう願いながら、少しでも多くの人に温かい料理が行き渡るように作っていました。

炊き出しはただお腹を満たすだけのものじゃない。
改めて食事の大切さを知った気がします。

行ってみて、見て話して、感じたこと、知ったこと。


ボランティアは足りていない。

実際、ゴールデンウィークを境に、がくん、とボランティアの数が減りました。

でも、助けを必要とする需要は、今もこの先も、変わらないのです。

支援の流れがストップすること、忘れられてしまうこと。

これは被災者の方が、現地で支援している方が、とても恐れていることです。

学生としてこのことを、しっかり学生に伝えていきたいと考えています。
そして、実際にボランティアに行けるよう、
学生と復興支援団体の間に入り、学生に様々な方法を提示します。

行ってみないとわからないことがあり、
行けば、絶対に被災地のためになることがあるからです。

学生に、もっと知ってもらいたい。動いてもらいたい。
学生である私はそう思っています。

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第 7 回放送  :  2011 年 5 月 17 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

子どもたちが撮った 3 月 31 日 - 4 月 3 日

  平野 愛智「 ROLLS TOHOKU 3/31-4/3 」 ( http://www.rolls7.com/ )


   写真家の平野愛智さんは 3 月末、大量の 「 写ルンです 」 を携えて宮城県石巻市を訪れ、避難所の人々に配りました。 今回の放送で紹介するのは渡波 ( わたのは ) の小学生、中学生が撮った写真です。

   深く伝わってきます。放送ではナレーションは最小限にとどめ、音楽を流すことはしませんでした。 3 分間に収めることができた写真の数は限られましたので、ぜひ、平野さんのウェブサイトを訪れてください。

   平野さんは、<「 みなさんの目で見るもの、見えるもの、撮りたいもの、記憶したいもの、記録したいもの、隣にいる人、大切な人、伝えたいことを自由に撮ってください。そして、少しでもいいので楽しんでください。 」 A4 の用紙にその他注意点を幾つか添えてお渡ししました。> と記しています。

   「 いま私たち市民にできること 」 の放送は、その人の眼差し、その人の声が届くものでありたい。 子どもたちが撮ったかけがえのないそのひと時、そこという場所を、多くの人に見てほしいと思いました。

   ( 構成 : 森  透 )

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第 6 回放送  :  2011 年 5 月 10 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

3 月 11 日  アフリカでは

報告 : 岡本 裕志  ( NGO LIVEonWIRE )


   みなさんにとって “ アフリカ ” というのはどんな場所でしょうか?
   遥か遠く、「 異世界のような場所 」 といった感じでしょうか。

   僕は、今回の未曾有の危機をそんな異世界、アフリカの大地で受け止めました。

   日本のために何もできないことに苦悩していた僕が、現地で出会ったのは、日本への募金活動を行うとある小学校でした。

   遥か彼方の世界、アフリカからどんな “ 人々 ” が、今回の震災をどのように “ 感じ ” 、そこからどのように " 行動 " したのか?

   僕が、アフリカで目の当たりにしたモノ。それは、日本から遠く離れたアフリカに生きる人々が、決して他人事ではなく、 自分のこととしてこの未曾有の危機に対して “ 痛み ” を共感し、それに対して “ 行動 ” していた姿だったのです。

   彼らの姿から、僕は今後の日本の “ 復興 ” を考えていく中で、決して忘れてはいけない大切なモノを見たように感じました。 そんなアフリカに生きる彼らのメッセージを、僕の話を通して少しでも伝えることができればと思います。

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第 5 回放送  :  2011 年 5 月 3 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

「 震災情報が過多になっている世の中で、

いったい、誰に、何を伝えればいいのか 」   

報告 : アートラボ・オーバ  +  門脇 篤 ( 映像 )


   仙台在住のアーティスト・門脇篤さんは、「 コミュニティ・アーティスト 」 として、日本中を飛び回っていて、横浜の アートラボ・オーバ とも何度かいっしょに活動をしてきています。 彼は、ここ最近、ツイッターや、Ustream 放送を利用して、アートプロジェクトの発信をしており、それ自体がアートプロジェクトでもあります。

   3 月 11 日、滋賀県で震度 3 の揺れを感じた門脇さんは、翌日、連絡のつかないご家族の安否を確かめるために北上し、13 日、購入した自転車で、那須塩原からほとんど寝ずに、単独で走り続け、翌朝仙台入りをして、無事ご家族と対面されるまでをツイッターで発信し続けました。

   汗だくで戻ったものの、それから数日間、ガスが通じなかったので、風呂にも入れず、煮炊きもできず、コンビニで手に入るわずかな食料で暮らす様子も、わたしたちは、ツイッターや Ustream 放送から知ることができました。

   そんな門脇さんが、昔アートプロジェクトをやっていた塩竃まで行くというので、わたしたちは、この番組のための取材をお願いしました。 いろいろな放送をしてきた門脇さんなら、毎日目にするテレビのニュースとはちがう視点で被災地を映してきてくれるのではないかと期待したからです。

   ところが、実際に門脇さんが被災地へ行ってみたところ、「 写真の 1 枚も撮影できなかった 」「 あの被災地の状況を見てから、何かをする気さえ起こらなくなってしまった 」 と言うのです。

   その後、南三陸でアートプロジェクトを企画している envisi ( エンヴィジ ) という団体のディレクター・吉川由美さんに、黙祷集会を Ustream 放送でつなぐ仕事を手伝ってほしいと言われた門脇さんは、今度は、南三陸へ行くことになりました。

   そこで、わたしたちは、「 被災地の取材ではなく、空でも何でもいいので、門脇さんの今の気持ちを撮影してきてほしい 」 と再度依頼しました。

   そして、その後、南三陸から戻った門脇さんより、10 分ほどの映像とともに、メールが届きました。

   情報もこんなに氾濫している中で別に被災しているわけでもない私の思いなんて伝えて、意味なんかあるの?という気になってきます。
ものすごい無力感、伝えるということの膨大さの前の無力感というか。
だから連絡がつく人にだけでも何かお手紙のような報告を書こうと思いました。
手書きのお礼と報告です。
こういうかたちなら、何かを伝えることに意味があるなぁと。逆に言えばこれまで奴隷のようにツイッター等やってきましたが、これらネットなどを通じてやってきていたことは、何かを伝えるという行為ではなく、「 広報 」 だったんだなぁと。
吉川さんがやろうとしていること、やっていることは、こうしたお手紙を書くような意味での、ひとにものを伝える行為だと思いました。
と、いう意味でオーバへのお手紙・個人的な報告として編集したのがこの 「 南三陸へ行ってみた 」 というビデオです。
                    門脇 篤   Twitter ツイッター ( @kadowaki )   Ustream Ustream   YouTube YouTube


門脇 篤さんからのビデオレター : 字幕付き版





門脇 篤さんからのビデオレター : 手話版


南三陸のプロジェクトについて

   さまざまな場所での人間の営みを、アートを通して見つめ直すプロジェクト「 " 生きる " 博覧会 」にて、 女性たちによる南三陸の伝統的な 「 きりこ ( 切り紙 ) 」 づくりのアートプロジェクトが、 昨年に続き、今年も開催されるはずでした。

  http://www.envisi.org/minamisanriku/?page_id=12

   きりこのプロジェクトを企画した団体 envisi のディレクター・吉川由美さんによる、3 月 22 日の南三陸の映像。

  http://www.youtube.com/watch?v=sNTMexO3Cio

   現在、" なにもなくなってしまった南三陸 " の人たちは、鳴子など、数箇所の地域に数百人ずつ集団で一時避難しています。

   吉川さんたちは、その数箇所の避難所と、南三陸の避難所を Ustream 放送でつないで、5 月 11 日に黙祷集会を開催しようとしています。

  http://www.envisi.org/minamisanriku/

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第 4 回放送  :  2011 年 4 月 26 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

宮城県で 「 子どもの心のケア 」 をサポート

報告 : 公益財団法人プラン・ジャパン


   プラン・ジャパンは、途上国で子どもたちの生活環境をととのえる活動を行っている国際 NGO です。この震災をうけて、東北の地でも子どもたちのために活動を開始しました。

   途上国と先進国。もともとの状況が違うので、災害が残した課題も違えば、復興のあり方も違います。ただ被災地の子どもたちは、途上国であろうと先進国であろうと、心にショックを受け、ケアを必要としていることに変わりはありません。

   そこで、先生や親たちが日常生活のなかで、子どもたちを温かくケアできるように。プラン・ジャパンは、宮城県で 「 子どもたちの心のケア 」 を行う大人たちをサポートしていきます。" そこに暮らす人々が復興の主役 " というプランの思いは、東北でも途上国でも同じです。

多賀城市にある「子どもランド」に、おもちゃなどを持参しました

多賀城市にある 「 子どもランド 」 に、おもちゃなどを持参しました

4 月 22 日、始業式の翌日に、多賀城市の小学校にて学用品を配布しました

4 月 22 日、始業式の翌日に、多賀城市の小学校にて学用品を配布しました

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第 3 回放送  :  2011 年 4 月 19 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

スマトラ島沖地震被災地 「 バンダアチェ 」 からの祈り

報告 : 日本と韓国の文化が大好きな若者のグループ「ほうきぼし」代表・ノミさん


   2004 年 12 月に発生したスマトラ島沖地震。

   地震により引き起こされた大津波によって、インドネシア・スマトラ島西部の都市 「バンダアチェ」 は、その地形が激しく変化するほどの甚大な被害を受けました。

   そのバンダアチェでは、文化祭で日本の踊りが披露されるなど、日頃から日本文化を広める活動が行われてきました。

   今回、東日本大震災のニュースがバンダアチェにも伝わり、「 ほうきぼし 」では、追悼を表す横断幕や T シャツを作ったり、日本へのメッセージを書いた鶴を折る集会を開いたりして、日本へ応援の気持ちを伝える活動を活発に行なっています。

スマトラ島・バンダアチェの様子 1

スマトラ島・バンダアチェの様子 2

スマトラ島・バンダアチェの様子 3

スマトラ島・バンダアチェの様子 4

スマトラ島・バンダアチェの様子 5

スマトラ島・バンダアチェの様子 6

スマトラ島・バンダアチェの様子 7

スマトラ島・バンダアチェの様子 8

「 ほうきぼし 」

スマトラ島・バンダアチェの様子 9

   インドネシア・バンダアチェにある、日本の文化と韓国の文化が大好きな若者のグループ「ほうきぼし」。

エピソード

   今回の収録は、「 ほうきぼし 」 代表のノミさんが、わたしたちが編集した素材を見ながら、スカイプ ( インターネットテレビ電話 ) を使用して、インドネシアからナレーションを発信し、日本側で録音するという方法をとりました。

   現地にいる日本人の協力を得ながら、まずインドネシア語による内容を日本語へと翻訳してナレーション用の文章を作り、その日本語の文章をローマ字に変換して、音声を収録するという手順となりました。

   コメントの長さ 1 分半に対して、約 2 時間の収録時間をかけた、なかなか大変な作業でした。

( 映像担当 : 水谷 真澄 )

番組ナビゲーター プロフィール

第 2 回放送  :  2011 年 4 月 12 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

東北カルチャーと震災支援

報告 : 公益社団法人シャンティ国際ボランティア会

   シャンティ国際ボランティア会は、タイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー ( ビルマ ) 難民キャンプ、アフガニスタンで、教育・文化支援の活動を行っています。


   また国内でも、1995 年の阪神淡路大震災に対する復興支援活動を行っており、今回の東日本大震災でも 緊急救援活動 を行なっております。

   今回の放送では、現地の様子を映像でご紹介し、また、被災されている東北の方々独特の心情をお伝えいたします。

シャンティ国際ボランティア会の活動 1

シャンティ国際ボランティア会の活動 2

シャンティ国際ボランティア会の活動 3

番組ナビゲーター プロフィール

第 1 回放送  :  2011 年 4 月 5 日 22 時 〜   BS11 「 INsideOUT 」内

第 1 回 「 いま私たち市民にできること 」 前編

高校生の私たちにできること

Free The Children Japan

Free The Children Japan の活動

ろう者、女性、外国人の方々の抱える問題

デフ・ニュース・ネットワーク ( 手話ニュース )   /   NPO法人ライフライツ インパクト東京 ( 護身術 )

デフニュースネットワークの映像


第 1 回 「 いま私たち市民にできること 」 後編



岩手県陸前高田市からの報告

NPO みんつな 〜 東日本復興プロジェクト 〜

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スマトラ震災の取材・支援活動の経験から

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